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2010年5月 3日 (月)

法治主義と感情

今日は憲法記念日だが、先月末に法治主義の根幹を揺るがしかねないような出来事が続いた。国民感情というか、一般市民の感情とのかかわりが、実は日本の法治主義を揺るがしかねない危険に踏み込もうとしているように思われたからだ。その出来事の1つは、検察審査会による小沢一郎議員の不起訴不当決議、そしてもう1つは重大犯罪の時効撤廃を過去の事件にも遡って適応しようという処置だ。

最大の問題は、マスコミの暴走が人々の感情の暴走を煽り、それが国会の論議や検察審査会の決議をも動かしたという事であり、それは、日中戦争~太平洋戦争の頃の世論形成とマスコミの関り方に類似しているように思われるからである。さしずめ、大本営が今の検察で、マスコミが今のマスコミと同じように正常な批判や判断から目を背けて世論を暴走させる構造を作っているというところか。マスコミが大本営発表を垂れ流して戦争への世論を煽り過ぎて「空気」を作ってしまい、その「空気」が論理的・正常な反戦や非戦、戦争終結といった判断を大本営から圧殺して戦争になだれ込んでいった構図。無自覚なマスコミがこのような空気を作り出してしまったのである。

まず、小沢一郎不起訴不当の決議について。私は小沢一郎がシロとは考えていないが、現在の政治資金規正法のザル度では灰色で起訴はできないだろうと考えている。そして、推定無罪の原則からすれば、証明できなければ無罪なのである。これは多分、検察の法的な判断とそれ程違いはないだろうと思われる。結局、検察の情報操作による世論誘導の戦略が裏目に出たということであり、見込み操作や不法捜査を隠蔽して情報漏えいによるマスコミ操作をして世論を煽り、小沢一郎を追い込んでいった結果が一般市民の「不起訴不当」である。マスコミは検察の情報操作の裏をかき、政治資金規正法の改正と厳罰化の世論を作ろうと努力すべきであった。起訴をしても裁判では無罪となれば検察の権威は低下する。有罪にすれば、法治国家ではなくなる。

そして時効の撤廃。それ自体も色々と問題を含むが、時効の成立していない過去の事件にまで適応すれば、法律によっていくらでも過去に適法行為であったことを有罪にする道を開きかねず、近代法の原則からも人権の視点からも外れてしまいかねない。日本は、法治国家から外れて感情の暴走が法律や法の執行を左右する無法国家になってしまう危険がある。憲法記念日である今日、考えておきたいことである。

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コメント

 何を恐れているのですか?
 検察審議会の決定は、自動的かつ必然的に小沢氏の有罪を決めるものではありません。
 小沢氏を絶対無罪にしたいのではありませんか・・・。
 正しいことは、何度見直しても正しいことになります。
 心配はいりません。

 小沢氏を擁護する前に、疑惑に真摯に応えるべきです。

 一般法則論のブログを読んでください。
    一般法則論者

投稿: 一般法則論者 | 2010年5月 4日 (火) 01時42分

おこしやす。

別に小沢氏そのものが有罪かどうかを心配している訳ではないし、有罪にならなくても同義的に問題は残っていると思います。ただ、「公正さ」が検察にしてもマスコミにしても崩れていることが非常に気になります。

もちろん、どれほど「公正さ」を求めても必ず情報発信者の主観や感情は完全に抜くことはできませんが、だからこそ一層そうあるべく努力を続ける謙虚な姿勢が必要です。小沢騒ぎとは裏腹に旧自民政権関係者への追及の甘さ、そしてマスコミ報道の偏向ぶりは目に余ります。
 
「正しさ」は「お上」から与えられるものではありませんし、そういう「権威」に頼っていては簡単に騙されますよ。

投稿: TAC | 2010年5月 4日 (火) 13時45分

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