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2010年7月29日 (木)

「学びの雨」…谷山浩子【翼】より

梅雨明けから暑い毎日が続いていたが、今日は久しぶりに雨となった。最高気温も30度を超えず、雷などもなくて、とても過ごしやすい一日だった。久しぶりに訪ねた友人の写真館で、「恵みの雨」という言葉が出た。その言葉を聞いて、谷山浩子の「学びの雨」という歌を思い出した。2002年に発売の【翼】というアルバムの1曲目、作詞・作曲はもちろん谷山浩子である。ゆったりとしたリズムと歌詞が、砂漠に降る慈雨のイメージを広げていく。

 

乾いた大地にしみこむような 恵みの雨 潤す力

何もない荒れ地にも 花は咲くだろう 一粒の種がここにあるかぎり

知らない言葉を覚えるたびに この世界を 抱きしめて行く

月の満ち欠けの訳を 記号や数の意味を 涙と諍いが織りなす 人の歴史を

色あせた一冊の本 羽ばたき飛ぶ わたしの翼

乾いた生命(いのち)にしみこむような 学びの雨 わたしは生きる

広い宇宙の中の 塵のひとひらでも まばたきほどの 短い時間でも

わたしは生きてる わたしの場所で 支えながら 支えられながら

いつか会えるだろうか はるか遠い国の どこかで生きている まだ見ぬ明日の友達

 

学ぶことは本来、自分を知り、世界を知り、その上でより良く生きていくための智慧を身につけることとイコールではなかったか。そして、そんな生きる智慧は人と人とをつなぎ、結びつけ、温かい関係を育むことにつながっていた。けれども、そうした慈雨のような学びは日本の社会からは失われつつあるような気がする。それに変わって点数と競争で子どもたちを追いたて、欲望の道具としての知識だけをつめこんでいく。日本の大人たちは、いつからそんな「勉強」を作ってしまったのだろうか。そんな現実にあって、この歌は、「学び」の真実の姿を取り戻せと訴えてくるようだ。そう、未来を担う子どもたちに、慈雨のような「学びの雨」を取り戻してあげたい。そのために、今の自分ができること……。それは、一粒の雨にも満たないわずかなものかもしれないが、小さな一粒も集まることで何かが出来るかもしれない。そんな希望も、この歌は心に運んでくれる。

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