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2010年8月15日 (日)

映画「ビルマの竪琴」と〈埴生の宿〉

終戦記念日の前後になると、よく「ビルマの竪琴」を見る。平和への祈りを感じさせてくれる映画だからだ。この物語の前提の1つは、たまたま水島上等兵のいた部隊の隊長が音楽学校の出で、隊員たちが日常的に合唱をしていたことだが、もう1つ、スコットランド民謡が数多く日本の唱歌に取り入れられていたこともある。その2つの前提で、特に映画の様々な場面で重要な役割を果たす歌が〈埴生の宿〉である。

水島の属する部隊が映画の中で歌っていた歌をリストアップすると、〈旅愁〉〈おぼろ月夜〉〈嗚呼玉杯に花うけて〉〈埴生の宿〉〈椰子の実〉〈荒城の月〉〈箱根八里〉…(登場順)である。一方で、日本でもよく歌われたスコットランド民謡と言えば〔埴生の宿〕〔庭の千草〕〔蛍の光〕〔故郷の空〕〔ダニー・ボーイ〕〔グリーンスリーヴス〕〔春の日の花と輝く〕といったあたりだろう。その中で【埴生の宿】は特に望郷の思いを感じさせる歌であるがゆえに隊でもよく歌われたのだろうし、またその歌が聞こえてきたからこそイギリス軍としても話し合いの余地があるということで戦闘が回避されるというストリーの流れになったのだろう。

そして、水島が1人、戦闘回避の説得の任務を果たすべく隊から別れ傷を負って行方不明になったあと、彼が現地の少年に教えた独特の竪琴の奏法が隊長や隊員たちに水島の生存を確信させるにいたったのも【埴生の宿】がきっかけだった。さらに水島が別れの挨拶に代えて「仰げば尊し」を弾く前に、隊のメンバーの合唱に合わせて思わず竪琴をとってしまう場面でも、きっかけになったのは【埴生の宿】だった。

今年は、そんなことを考えながら「ビルマの竪琴」を見ていた。戦後65年。けれども、まだ多くの問題が残されている。それらが、1日も早く解決することを願って、今年も、鎮魂の祈りを捧げたい。

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2010年8月 2日 (月)

ペリーヌ物語…働く者すべての幸福のために

古いVTRのチェックをしていて目に付いたので、久しぶりに「ペリーヌ物語」をいくつか見た。以前にも一度取り上げたことがあるが、「家なき子」で有名なエクトル・マロの原作で日本アニメーションが制作、1978年に1年間にわたって放映された作品である。インドから両親と一緒に祖父の住むフランスに向かって旅に出たペリーヌは、旅の途中で父を失い、さらにパリで母を失いながらも旅を続け、マロクールでフランスで1,2を争う紡績工場を経営する祖父のところにたどり着き、そこでも様々な苦難を乗り越えて、両親の結婚に反対していて2人の間に生まれた子どもについては特に考えていなかった祖父に認められ、愛されて幸せなるという物語である。

さて、ペリーヌの祖父であるビルフランだが、ペリーヌに出会うまでは自分のこと、あるいは自分の工場を大きくすることしか考えていなかった。けれども、ペリーヌと出会い、ペリーヌに愛される中で他者にも目を向けるようになる。そして、工場で働いている女工たちが子どもを預けていた家が火事になった事件をきっかけに工場で働く労働者たちの現実にも目を向けるようになる。そして、工場で働く者すべての人々の幸福のために行動を始めるのである。

手始めは、保育所の建設だった。当時のフランスで最も進んでいた保育所に技師ファブリを送って研究させ、マロクールでの保育所の建設に着手する。他にも若い女工たちのアパートの衛生状態を知って労働者たちのためのアパートや労働者クラブ等の建設も決定する。その途中で、ペリーヌが自分の孫であったことを知り、神に感謝しつつ、ペリーヌとともにより良い村を作る努力を続けることになる。

この放映から30年以上たった今、大量の底辺の労働者の働く機会を奪い、自分は高額の給与を受け取って恥じることのない経営者たちがいる。その一割を首を切った労働者の年間給与に回すだけでも何人も労働者を雇っておけるのだが。だが、そういう経営を続けることで、内需は落ち込み経済は不安定なまま推移している。競争の必要性を否定するつもりはないが、競争至上主義では人間生活の中で失われてしまうものは多い。このアニメのメイン・テーマと直接関わる訳ではないが、ていねいに作られたこのアニメは、そんなことも改めて考える機会を与えてくれる。

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