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2011年2月 7日 (月)

横井久美子/私の愛した街~The Town I Love So Well

大学時代にサークルの先輩たちに教えられ、時々ギターを抱えて歌っていた歌、そしてそれはギターの腕が錆び付いた今でも、他の人がしんみり聞いてくれる歌になっている。けれども、それを直接ライブで聴いたのは、大学を出て20年以上も経ってからだった。歌の名は「私の愛した町」原曲はPhill Coultter原訳は平井則之、そして日本語詞はこの歌を歌い続けるフォーク歌手・横井久美子である。伊勢でのライブの際にCDを購入したので今も聞くことができるが、歌そのものはそれ程上手いとは思わない。声の迫力からすれば、交流のあるシャンソン歌手・北岡樹(みき)さんやジャズボーカル・山下みさ子さんなどの方がずっと上である。それでも、この歌には心を惹かれるものがあり、時々聞きもするし歌いもする。

思い出の中にいつまでも 生きつづける私の街 煙くてくさいガス工場(こうば) 笑いころげて遊んだ 雨のなか夕べのみち 走って帰ったものだよ 刑務所のわきを通り 共同井戸のわが家

シャツ工場(こうば)のサイレンが鳴って 女たちを呼びよせる 失業中の男たちが 母親がわりの毎日 景気が悪くて鍋はからっぽ それでもぐちもいわずに だってみんな心の奥では この街を誇っていた

小さなバンドで歌をうたって あの日初めてお金をかせいだ 音楽にあふれたデリーの街 とても忘れられない それをみんな置き去りにして 街を去るなんてつらい だってそこは人生を知り 夫を知った街

今度帰って目をうたぐった 酒場は焼け煙が舞い なつかしいガス工場(こうば)には 兵隊がたむろしていた 鉄条網がはりめぐらされ 戦車と銃剣の街に 軍隊の前にひざまずいた 私が愛した街

今ではもう音楽もない でも街の人は絶望してない 忘れはしないこの出来事を まなざしが語っている 私にできることはひとつ 闘うことだけなのだ 青春を過ごしたデリーの街 私の愛した町

以前にも書いたが、この歌は北アイルランド紛争を背景に作られている。地域の人々の声を丁寧に聞かずに見切り発車した政治権力が軍隊の強権によって人々を押さえつけようとした結果がテロと憎しみを呼び、多くの血が流された。それでも、対話による平和への努力が地道に続けられた結果、現在は、この地域からは以前ほどの頻繁なテロのニュースは聞こえてこなくなった。

それでも、世界各地に目を向ければ、あちこちでテロは頻発している。人々の声、特にマイノリティー/弱者の声にもきちんと耳を傾けている政治が行われていれば、テロはこれほど頻発しないだろう。なぜなら声を上げることで対話が成立し、それが政治や社会の変化につながれば、自らの血を流し多くの人を殺し傷付けてまで、性急に自らの要求を実現しようとする人はそれほど多くないからである。けれども、人々が苦しい生活を強いられ、それに対する声を上げ続けても改善することがなければ、やがて人々は民主的な対話に絶望し、暴力に訴えてでも…と考える人々の割合も増えていく。それを暴力によって押さえつければ憎しみと暴力の連鎖はいつまでも続くだろう。

人々の声に耳を貸そうとしない政治や経済活動は、今、世界中のあちこちで見られる。もちろん、日本でもそうである。それがテロを生む土壌になっていくことに為政者たちや大企業の経営者たちは気付いているのだろうか。

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