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2011年5月17日 (火)

宮城峡…ニッカのシングルモルト

飲みさしのウイスキーを空けてしまったので、次はどのボトルを開けようかと数日迷っていたが、東北にボランティアに行っていた友人と飲む機会があったので、我が家の封を切っていないウイスキーの中から【宮城峡】をチョイスした。宮城峡はニッカの仙台宮城峡蒸留所で作られたシングル・モルトである。

どちらかと言えば、ウイスキーはスコッチのシングル・モルトを好む。ただ、日本のウイスキーがまずい訳ではない。山崎にしろ、白州にしろ、余市にしろ日本のモルトと丁寧に作られた上品な味わいがあり、決してスコットランドのモルトにひけを取る訳ではないことは、純粋にウイスキー飲みとしてはよく分かっているつもりだ。それでも、基本的にスコッチのモルトが好きなのは単なる嗜好の問題に過ぎない。

とは言え、この【宮城峡】も、シングル・モルトとして飲めばとても美味しい。さりげない芳香と口に含んだときの上品な味わいは、モルトとして一級品である。新川伏流水と宮城の自然がこの上品で豊かな味わいを持つウイスキーを育てたのだと思うと何とも言えない深い感動を覚える。

が、その宮城も福島や岩手と共に3.11の地震と津波によって甚大な被害を被り、多くの人々の命が失われた。また、生き残った人々も大変な毎日の中でも力強く生き抜こうとしている。その日常的な努力には本当に頭が下がる。今宵は、宮城の生んだ銘酒を静かに味わいながら、1日も早い復興を祈りたい。

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2011年5月13日 (金)

サマータイム・ブルース…RCsuccession/【カバーズ】より

福島原発の事故は、東京電力や政府の原子力計画のいい加減さと無責任ぶりを白日の下にさらした。だが、東電も政府も、まだまだ隠したがっていたりごまかしたがっていたりする情報はたくさんありそうだし、マスコミの報道も太平洋戦争時の「大本営発表」と大差ない状況である。そうした現実を何度も見せ付けられる中、RCSUCCESSIONのアルバム【カバーズ】の素晴らしさは、一層輝きを増している。

少し前にはこのアルバムの中の【ラヴ・ミー・テンダー】を取り上げたが、原発問題と関わっては【サマータイム・ブルース】も鋭い感性と風刺の視線をうかがえる歌詞となっている。これだけ「都合の悪い真実」を突きつけられていたら、東芝グループの1つである東芝EMIは、とてもアルバムをリリースする度胸はなかったのもうなずける。このアルバムは、結局、キティ・レコードから発売されたが、聞いていて拍手喝采の逸品となった。

 

 

暑い夏がそこまで来てる みんなが海へくり出していく 人気のない所で泳いでいたら 原子力発電所が建っていた さっぱりわかんねえ 何のため? 狭い日本のサマータイム・ブルース

暑い炎が先っちょまで出てる 東海地震もそこまで来てる だけどもまだまだ増えていく 原子力発電所が建っていく さっぱりわかんねえ 誰のため? 狭い日本のサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる あんたもこのごろ抜け毛が多い それでもTVは言っている 「日本の原発は安全です」 さっぱりわかんねえ 根拠がねえ これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金とられ たまのバカンス田舎へ行けば 37個も建っている 原子力発電所がまだ増える 知らねえうちに漏れていた あきれたもんだなサマータイム・ブルース

電力は余ってる 要らねえ もう要らねえ 電力は余っている 要らねえ 欲しくない 原子力は要らねえ 危ねえ 欲しくない 要らねえ 要らねえ 電力は余ってるってよ 要らねえ 危ねえ

 

 

1980年代の終わりに発売されたCDだから原発の数は10以上も少ない歌詞になっているが逆に言えばたかだか20年ほどの間に17も増えたということになる。しかも、きちんとした検証も抜きに……。それが、今回の大災害になった訳である。電力不足だ、計画停電だ、などの話もあるが、それが十分な対策を講じた上での発表だった訳ではなく、原子力発電を維持するために東電や政府が図ったことらしい。というのは、その事実をとある週刊誌がすっぱ抜こうとした前日に、発表の内容が変わったからである。原子力発電推進に疑問を投げ掛けたり警鐘を鳴らしたりした学者が干され、御用学者たちとマスコミが煽った「安全神話」が崩れた今、この歌の輝きは発売した頃以上に増している。それは哀しいことである。だが、この歌をギャグやジョークにできるような日本にしていく責任が生き残った…あるいは生きている私たちにはある。

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2011年5月11日 (水)

タイガーマスク(マンガ版)が戦ったもの

先月、隣の市の書店に出かけていったところ、タイガーマスクの本が山積みにされていた。昔の懐かしさもあって早速2冊買ったが、読んでしまうと続きが読みたくなり、遠出をしたついでにその本屋により、結局、全巻をそろえてしまった。学生時代に貸本屋で、最初から最後まで通して読んでいたこともあり、まず懐かしさが先にたっての行動だったが、あらためて読み直してみると、当時は気付かなかったことも色々と読み取れた。

さて、タイガーマスクはレスラーだから、当然、毎試合対戦相手と戦う訳だが、一方で、【虎の穴】という悪役レスラー養成の秘密結社で鍛えられたにも関わらず、孤児たちを援助するためにそのおきてを破ってしまい、【虎の穴】の刺客レスラーたちと次々と戦わなければならなくなってしまう。さらに彼を慕う孤児の少年のために反則の限りをつくす悪役レスラーからフェア・プレーで勝負する正統派レスラーへと変わっていく。この辺りの経緯はTVでもマンガでも同じである。

けれどもマンガを丁寧に読んでいくと、タイガーマスクの戦いが自分自身との戦いであり、自分にうちかつことで精神的な成長とレスラーとしての成長を遂げていくという点がクローズ・アップされてくる。【虎の穴】のトレーニングによってタイガーマスクは強靭な基礎体力と根性、そして恐るべき反則のテクニックを身に付けてプロのリングに登場する。けれども、正統派レスラーへの道を選んだことから、さらなる練習を積み重ねるが、決め手となる必殺技を持っていないことから窮地になると無意識のうちに反則をしてしまうことに悩み、苦心の特訓の末に《ウルトラ・タイガー・ドロップ》という必殺技を編み出す。ところがアジア・プロレス王者決定戦でミスター?にそれを破られてしまう。その後、地下プロレスで戦うことになるがその苦しい戦いの中で《フジヤマ・タイガー・ブリーカー》という第2の必殺技を編み出す。そして、表の世界に復帰するが、【虎の穴】の切り札とも言えるミラクル3によって《フジヤマ・タイガー・ブリーカー》を破られ、覆面チャンピオンの座も奪われてしまう。

ところが、タイガーマスクはその衝撃からも立ち直り、付け人の助けも得て第3の必殺技《タイガーV》を完成させ、ミラクル3を倒す。追い詰められた【虎の穴】のマネージャー・ミスターXは孤児院の少年健太をさらってタイガーマスクを【虎の穴】本部に呼び出し、殺そうとするが、ジャイアント馬場やアントニオ猪木たち全日本プロレスのメンバーたちがタイガーマスクの後を追って【虎の穴】本部を襲い、【虎の穴】を壊滅させる。けれども、その頃アメリカに偽タイガーマスクが現れ、反則の限りを尽くして暴れまわったためにタイガーマスクは偽者と戦うために渡米し、偽者を倒す。ところがプロモーターの策略で悪役ワールドリーグ戦で戦わなければならなくなる。その一連の戦いの中で、反則も5秒以内のルール内で使いこなすようになることが本当に強いレスラーになるためには大切であることを悟り、レスラーとして大きく成長して帰国する。そして世界チャンピオンに挑戦し1戦目は相手の反則による勝利であったためにベルトは奪えなかったが、2戦目を目前にして交通事故で倒れるのである。

反則はプロレスラーにとっては影=シャドウの部分でもある。そこからスタートしたタイガーは正等テクニック=光の部分にこだわるあまり、影を極端に忌避しようとするが、その無理が偽タイガーマスクという自分自身の影を生み出してしまう。それと戦い、反則という影の部分を受け入れることによってより強くなり、レスラーとしても成長していく。そうした読み方をすれば、タイガーマスクの戦いは、もちろん【虎の穴】や相手のレスラーとの戦いでもある訳だが、それ以上に自分自身との戦いであるというい意味も出てくるのである。人が生きていく上において、必ず自分自身と戦わなければならない場面に出合う。そこで自分自身ときちんと向き合い、自分自身の弱さにうちかって、人ははじめて人間として成長していけるのだと言えよう。

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2011年5月 3日 (火)

アラバマの竜巻

アラバマの友人からメールが届いた。アメリカ南部も先月末に嵐と竜巻の被害にあり、多くの被害が出ているという。友人本人と家族は無事だったということだったが、街は竜巻で多くの被害が出ているという。何かできることはないか…と思うのだが、今のところ名案は浮かばない。

東日本の災害には、高校時代の友人がボランティアに出かけている。だが、私自身はそれが出来るだけの時間的・経済的なゆとりがない。日本国内ですらそうである。遠く離れたアメリカのアラバマ州ではいっそう、どうしていいか。

何にしろ1人では出きることは知れている。とりあえず、友人知人の知恵をかりて、できることを探したいと思っている。

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