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2011年8月 1日 (月)

映画「コクリコ坂から」と宮崎吾朗監督

月末に、久しぶりに映画を見に行った。ジブリのアニメ「コクリコ坂から」である。宮崎駿ではなく息子の吾朗が監督ということで最初は迷っていたのだが、主題歌がかつて森山良子が歌っていた「さよならの夏」だったので、その懐かしさに惹かれて行くことにした。

ジブリのアニメはけっこう見ているのだが、「ゲド戦記」については宮崎吾朗監督の強い思い入れがマイナスに作用したというような印象で、「金を返せ」というほどの駄作ではなかったが、掘り下げが甘く、あれでは原作者のグインは怒るだろう、と思った。ちょうど、映画「ネバー・エンディング・ストリー」を見た「果てしない物語」の作者エンデが怒ったと伝えられる話と共通するような感じである。ただ、「ゲド戦記」で使われた歌を宮崎吾朗が作詞していて、その詞を見る限りでは、彼の創作者としての繊細な部分は感じられた。それをうまく活かせるような作品に仕上がっていれば…という期待もあった。

そして、実際に見て、なかなか満足のいく映画だ、という感想を持った。「ゲド戦記」では詞にしか感じられなかった繊細な部分が作品の随所にちりばめられていた。この仕上がりを見て同じくジブリ・アニメではあるが宮崎駿が監督ではなく夭折した若手が作った映画「耳をすませば」を思い出した。

時は1960年代前半、女子高校生のスカートの丈は膝下で、高校2年生の主人公の海は1人で弟や妹、祖母といった家族ばかりでなく、下宿の住人たちの朝食や夕食の準備をしている。ガスコンロに火を点けてご飯を炊き、おかずを作り、妹たちを起こし…。かつては目にしていた「あたり前の日常風景」を見かけることは今はない。けれども、そうした何気ないシーンが丁寧に作られていることが物語に深みを持たせ、抑え気味の台詞の中に込められた登場人物たちそれぞれの思いが胸を打つ。

出会いと共に過す時間の中で感じるときめきや育まれる想い、そして「出生の秘密」に揺れる恋。懐かしさを感じる街の風景や人々の動き、高校生たちのまっすぐな思いと行動…それらの1つひとつが心の琴線を揺らす。その中で、ああ宮崎吾朗もこれだけの力を持っていたんだ、という思いも抱いた。「ゲド戦記」の歌詞に感じた豊かな感受性は、やはり本物だったのだと。映画館でもう一度…とまでの切実さはないが、もう一度見てみたい映画である。

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コメント

さっそくお邪魔して・・
コノお題に 食いついちゃう私って
いったい(苦笑)
でも 同感なのです。
おそるおそるみた映画でした。
が 良い意味で 期待を裏切り
心地よい映画でありましたね。

だから おそるおそるをはぶいて
もういちど しっかり見たいです。

おさえられた部分をもっと
見抜きたい。 今時の子には観られにくい
ひた隠しながらも どうしようもない
恋心や 親を求める気持。

映画自体大好きなので まずは 
こちらへ お邪魔しましたぁ。どうもです。

投稿: るぅ | 2011年9月13日 (火) 23時57分

おいでませ。良い映画ですけど、今の若い世代にはちょっとこの空気や感覚は分かり難いかも知れませんね。「青春デンデケデケデケ」のように中年以上の世代にはキュンとくるかも知れません。その世代に向けてのPRにもっと力を入れたら、もっとヒットしたかも知れないと思いました。

投稿: TAC | 2011年9月15日 (木) 00時21分

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