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2012年1月 3日 (火)

過去の歴史に学ぶこと…年頭経済雑感

ギリシャ問題に端を発したヨーロッパの経済危機は、不況から回復しきれていない世界経済、そして日本経済に大きな影響を与え、円高を長引かせている。

英米発の「グローバル」金融資本主義は、その製造・工業生産の中心を日独やアジアNIES・ASEAN、BRICs諸国に譲らざるを得なかったアメリカ(の一部の大資本とそれに従属する政府)が自国の経済的有利を維持するために金融のルール変更を促して生産の実体経済を株や先物取引なども含めた広い意味での「金融」によって支配し経済的な優位を維持するために広めたものだった。

けれども、その構造に内包されているバクチ性がリーマン・ショック前後からアメリカをも含めた実体経済に悪影響を与えるようになり、アメリカも含め一国の「政府」のコントロール能力を凌駕して、実態経済の中で生きるアメリカ人民も含めた世界各国の多くの一般市民・国民の生活を圧迫し、地域や家族の日常を痛めつけ苦しめている。
 
そうした世界情勢の中、日本でも長引く円高デフレ不況と政府・官僚の財政政策の失敗に加えて、東日本大震災をはじめとする台風の水害や地震などの天災の続発によって、予断を許さない経済・社会状況が続いている。けれども、他者には「自己責任」を問いながら自らは責任回避とごまかしに終始する東電をはじめとする大企業経営陣や上級官僚、野田民主党政権は、失敗を認められないために迅速に適切な対応をしたり、状況を読みながら路線変更をしたりすることが出来ない。

原発の事故対応にしても、かつて慎重論や危険性を唱えた専門家を登用してその声に耳を傾けて対策を実行することはほとんどなく、現地の声、現場の声は軽視し、自分たちの責任回避のために大マスコミを通じて情報操作を行って(しかもそれに失敗して)政府や原子力発電に対する不信と不安を増幅し、それを気にしている人々に対してきちんとした説明をせずに「風評被害」という言葉を押し付けているし、対外政策や経済政策にしても外需が永遠に続くものと夢想して給与所得を下げ、食料の安全性を損ないかねない危険の非常に大きいTPPへの参加を安易に決め、増税路線に舵を切ってパワーの乏しい内需の火に冷水を浴びせようと画策している。
 
冷静に世界経済を分析すれば、「自由」貿易の名の下、輸出側の利益を強要する構造を持つTPPは国内の農業や製造業にさらなる打撃を与え、雇用条件の安定した労働者を減少させて一般の家計をさらに圧迫させ、税収も減少させる危険がある。

例えば、「日本の農業の再生にはその高度な技術と品質を生かし、輸出を拡大すればよい」という声も聞こえてくるが、それは日本産の農産物を安い輸入農産物との差別化のために高品質化をしようということであり、日本産の農産物の値段を下げない……ということだから、低所得者層に対して「貧乏人は安全性に不安のある安い輸入農産物を食え」と言っていることと同じなのだ。

また、原発事故による放射能汚染の世界レベルでの「風評被害」を考えれば「日本産の農産物」がどれだけ「高品質」を売りに世界市場で勝負できるかは疑問である。加えて、次期戦闘機の選定に際して値段が安く実績もあるユーロファイターではなく、ロッキード社を中心として開発中の戦闘機を、わざわざ審査基準を変更して決定してしまうような現実を見れば、野田政権の交渉能力の低さは一目瞭然であり、TPPの参加が日本国民の国益のためになるとはとうてい思えない。
 
そうした例でも分かるような、現実把握・分析能力や決断力に疑問符のつく中央の官僚や政権、大企業経営陣が、中枢にあって日本と国民を自己保身と自己利益のためだけに勝手気ままに動かそうとしていることに絶望した国民の中には、迂遠でなかなか改革を進められない「民主」政治に絶望して全体主義(ファシズム)的な政策を掲げてスピード感を感じられる改革をアピールする人々に希望を託す状況が出てきている。

5.15事件の伝説、「話せば分かる」という言葉に対して「問答無用」と答えて首相を殺害したという逸話……にあるように、党の議員の多くがTPPの利点よりも多くの問題点を掲げて反対したり慎重論を唱えたりしていても、わずか1日を置いただけで首相(執行部)の一存によって参加を決定してしまう。このような、話をしても無駄な、非民主的「民主」政治に絶望して、急激な改革を求めて「問答無用」の独裁的な手法に喝采する、非常に追い詰められた人々の気持ち……不安・苦しみ・ねたみなどのさまざまな暗い感情が渦巻く、つらく哀しい胸の内……は、安定した労働条件・収入の保証されている人々もきちんと理解する努力が必要であろう。

E.フロムはその著「自由からの逃走」の中で民主的なワイマール憲法下でなぜナチス政権が誕生したのかを分析しているが、大阪の橋下市長の人気もこうした文脈で考えると理解しやすい。このような状況は、昭和の初めの不況が長引いていた時代とそっくりである。当時の「グローバル化」であった金解禁とその失敗、5.15事件や2.26事件によって直面する課題に適切な手を打てず軍部の独裁を許して終焉していった大正デモクラシー……。きちんと歴史を振り返ることで、私たちは改善のための糸口をつかむことができるのかも知れない。

しかし、何事も「水に流す」ことに慣れてきた日本人は、過去の失敗を振り返りそれを生かして未来を切り開こうとすることはあまり得意ではなく、同じ失敗を続けてしまう傾向がある。どうやらそれは、自らをエリートと意識している人々にも偽エリート諸氏にも共通しているようである。過去に学び、現実を見つめながら、人任せにせずに自らの頭で考え、判断し、行動していくことが、今、私たち1人ひとりに求められているのかも知れない。

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