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2012年9月27日 (木)

経済戦争で負け続けの司令部を更迭せよ

間違っていた小泉改革以降の「失われた20年」が「失われた30年」になろうとしている現在の日本で、それをミス・リードしたA級戦犯たちが、自らの保身だけのために、美しき祖国日本と日本の国民をさらなる苦しみに追い込もうとしている。A級戦犯とは誰か。新自由主義を推し進めた財務省や経済産業省の官僚たち、自民党・公明党、そして官僚のポチに成り下がった民主党と財界の連中である。そして、維新の会が担ぎ出している竹中平蔵もA級戦犯の1人である以上、維新の会に期待しても無駄だといえよう。
太平洋戦争、あるいは15年戦争において、個々の戦闘での敗北の現実を受け入れられず、決断力不足と嘘によって日本を焦土にしてしまった戦争指導者たちは、戦力の大規模投入の決断を回避したダラダラとした小規模投入によって、かえって多くの戦力を失った。個々の戦闘において勝利を得ようとするならば、敵を上回る大規模な戦力の投入で一気に勝負を決しようとするのが基本である。経済戦争においても、場当たり的な対処療法をこそこそと小規模に行っても、結局、十分な成果は得ることができない。それどころか、かえって損失を大きくしてしまう危険が出てくる。
例えば、東日本大震災への復興支援にしても、まだまだ生々しい記憶が残る阪神淡路大震災の対応に学ぶことをせずに、ダラダラと不十分な支援を続けるばかりか、その予算を反捕鯨団体の活動対策などまったく関係のないところに回すなどして、逆に被災地の商店街の復興要請をけったりしているらしい。阪神淡路大震災の際の「復興債」ではなく「復興増税」という選択肢も実は大きな問題をはらんでいる。基本的に大きな災害に対処する資金の調達に「税」を選ぶこと自体が世界的にほとんど例がない。なぜなら、「税」では集めるまでのタイムラグがどうしても生じるため迅速な対応をするのに向かないし、周囲の負担を継続させることが結局被災地への支援を鈍化させることにもつながるからである。
私は今年のGWに東北にボランティアに出かけたが、去年はいけなかった。なぜなら去年の春は15万ほど月収が減り、それを回復する目途が立っておらず経済的に余裕がなかったからである。今年の春は新たな仕事によって収入が安定していたため、安心して支援に出かけることができた。被災地に対しては周囲の支援が絶対に必要だが、その周囲が不安定だとどうしても支援のパワーは鈍ってしまう。そうした点からも、「復興増税」は歴史的にも世界的にも避けられることが多いのである。
またあれ程の事故があったにも関わらず原発ゼロへの道を反対する財界の経営判断も呆れてしまう。グローバルな視野に立てば、一度大きなトラブルを起こせば大きな損失を計上し、廃棄物処理の目途も立たない原子力発電は核兵器開発を目的としない限り(あるいはそれが目的であったとしても)テロへのリスクも含めて危険が大きすぎ、長期的には大きなマイナスである。ましてや、それに固執して新しいエネルギーへの投資を加減してしまうようなことになれば(実際にそうなっているが)、将来的にも発展の可能性を自らの手で摘み取ってしまうことにもなりかねない。
このような「判断」しかできないような「司令部」に率いられていては、太平洋戦争の敗戦のように、日本の沈没は必至である。無能な「司令部」は更迭されるべきである。

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