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2013年5月21日 (火)

TPPと「差別」発言

東アジア諸国との関係で、首相や某政党党首のアジアを軽視したり戦前の日本の古い感覚に立った「歴史」観に根差すような発言が国の内外で問題視されている。政治家の資質という意味において、この程度の歴史観や外交感覚しか持っていないような人々が政治の中枢にいること自体が情けない限りではあるが、心理的な反応としては必ずしも理解が困難なものではない。その背景に、多国籍大企業の利害に動かされているアメリカ政府の要求に過度に隷属しているがゆえのストレスの存在が感じられるからである。
一部の週刊誌や識者がアメリカで発表されたTPPへの日本の参加に関する文書と日本で発表されている文書との違いをスッパ抜いているが、日本国内への発言は勇ましくても、その実、日本の富や国民の安全を売り渡す売国的内実が見えてくる。発言の当事者たちが本当の意味での愛国心を持っているならば、その屈辱的内容は彼らの「愛国心」を酷く傷付けていることは想像に難くない。その傷付けられた「愛国心」やプライドの精神的バランスを取るために必要なのは、自らの力・権威を表面的にでも鼓舞する必要が生じる。その、もっとも手っ取り早い解決方法が「いじめ」や「差別」である。とすれば、屈辱的なTPP参加を進展させるために動いている対米売国政治家たちがアジア諸国に対する差別発言を繰り返さざるを得ない心理的構造は、ある意味では非常に理解しやすいと言えなくもない。
とすれば、過度の対米隷属から足を洗うことが、近隣諸国への差別発言をなくしていく近道となるかもしれない。巧言令色で報道され続けているTPPだが、歴史に学ぶ視点から見れば、第二次世界大戦・太平洋戦争の原因の一つとなったブロック経済圏の形を変えたものという視点も出てくる。太平洋戦争前の日本に対するABCD包囲網と中国を外した形でのTPPは構造が良く似ている。ということは、TPPを進めること自体、「自由貿易」の名のもとに戦争の原因の一つとなった「ブロック経済圏」を進めることにつながっていかないか、という疑念も生じる。ブロック経済が戦争を招いたという反省から「自由貿易」という発想が生まれたことを考えれば、これは本末転倒だろう。
「経済」成長至上主義の観点ではなく、もっと様々な視点からTPPそのものは問い直されるべきであろう。

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コメント

そうですね。
色々な面から考えてみないといけませんね。

投稿: 吉沢@外国語 | 2013年5月21日 (火) 23時35分

おこしやす。心理的に見てみたら、思いがけないことが出てきました。それにしても、日本のマスコミって……。

投稿: TAC | 2013年5月22日 (水) 23時20分

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