« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »

2013年6月28日 (金)

被害者は忘れない

従軍慰安婦問題で愚かな発言をした政治屋が、一気に落ち目になった。日本には、アジアに対する差別意識を持つ政治屋(決して【政治家】とは言えないだろう、その人格の成熟具合や外交センス、能力からみれば)は多いが、差別発言はアメリカからの無理難題に何の抵抗もせずに従う反動なのではないか……という気もするが、その人権意識の欠如が外交面からも大いに問題となることに気付かないのは、まさに無能さの表れだろう。

ただ、この種の発言は、自分たちが加害者であったことを誤魔化そうとする無意識からきているのではないかと感じられる。一般的に、加害者は自らの罪を矮小化したり誤魔化そうとしたりするものである。けれども、被害者はその事実を決して忘れない。そして、加害者がその罪を認めてそれを償おうとする姿勢を見せ、努力を積み重ねれば、被害者の側もそれを許すことはある。けれども、それは被害を受けた事実を忘れたりなかったことにする訳ではないのである。

例えば、日本人は太平洋戦争における広島や長崎への原爆投下や東京大空襲をいまだに忘れてはいない。それは、日本人が被害者だからである。いずれも、非戦闘員を原子爆弾や焼夷弾などで攻撃した虐殺であり、その加害者はアメリカ軍である。だが、アメリカがその罪を認め誠心誠意謝罪した……という感じ方は、実は日本人の多くがしていない。逆に、一部のアメリカ人による「原爆の投下は戦争の終結のために必要だった」という類の発言には、多くの日本人が怒りを感じるに違いない。これでは、日本人の無意識はアメリカを許せない。ただ、意識としてそれを表に出せないでいることのストレスがとんでもない形で爆発する。アジアに対する差別発言は、その種の類であろう。

けれども、例えば日本軍は重慶などの中国の都市に対して無差別爆撃を行っている。ゼロ戦フリークの私は、その爆撃の護衛が優れた航続距離を誇るゼロ戦の初陣だったことを知っているが、中国の民衆からすれば日本は加害者であり、誠心誠意謝罪をせずに罪を誤魔化したり、なかったことにしようとしたりすれば怒るのは当然である。ただ、そういう発想や感性を持たない日本の政治屋は少なくない。だから、「失言」が外交問題に発展することが繰り返されるのである。

フクシマ、そして沖縄……日本の中に同じ国民を被害者にして、その罪を認められない「加害者」たちがたくさんいる。その罪を認め、誠心誠意謝罪して、被害の救済に全力を尽くせば、「罪を許す」人たちはそれなりに出てくるだろう。けれども、被害者は、決して忘れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »