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2014年8月15日 (金)

終戦記念日に

今年も8月15日が来た。終戦記念日、大日本帝国が戦争に勝つことを諦め、負けることを受け入れる決断をした日である。本当の終戦…ということを現実的に考えれば、ポツダム宣言を受け入れて敗戦を認める条約に調印した日ということになるのだろうが、幸いなことに1945年8月15日をもって戦闘は停止された。その意味では、終戦というよりも「敗戦記念日」とした方が正確なのかもしれない。けれども、「終戦記念日」にしたことに、当時の政治指導者たちの責任逃れや責任のごまかしの匂いを感じる。「負けた」ということになれば、当然、その責任を追及する必要が出てくるが、「終わった」ということであればその責任は見えにくくなる。

これは「一億総ざんげ」や「押し付け憲法」の問題ともからんでいる。「一億総ざんげ」という言い方は、戦争に反対し、中にはそれを理由に投獄されていた人々や子どもたち、政策決定に寄与する権利の無かった女性たちにも責任の一端を押し付けようという姑息さが感じられるし、「押し付け憲法」にしても、市井の憲法学者である鈴木を中心とした、自由民権運動の植木枝盛らの試案を参考にした「憲法草案」を無視した当時の政府や国会の無責任な態度や議論がGHQを呆れさせ、仕方なく鈴木ら憲法研究会の「憲法草案」を参考にしてGHQ案が出来た経緯を知らないか、知っていて故意に無視した議論だからである。

さて、「押し付け憲法」論を1つの理由にして何とかして海外派兵を実現しようとする動きがこの数年で明らかに強まっている。それとの関わりで集団的自衛権の議論が急増し、活発になっているが、海外派兵が可能な国土防衛以外の戦力を考えれば、軍拡以外の選択肢はない。装備や人員を拡大しなければ、海外派兵の度に国土防衛のの兵力が弱体化するのは必然だからである。

けれどもイージス艦1隻、戦闘機1機、戦車1台の値段を考えた時、生存権保障のための福祉を削り、消費税の税率を上げた今の日本の財政事情をきちんと考慮した上で検討した場合、日本の「危機的財政」状況下でそれは本当に可能なのか。「週刊プレイボーイ」がそのような点についての特集記事を少し前の号でしていた以外に、テレビや他のマスコミでそうした予算上の問題を取り上げた言説はほとんど見聞きしていない。政府も政権与党も野党も、そうしたことに触れないということ自体、非常に問題があるのではないだろうか。特に、政府と自民党の説明は、明らかに具体的根拠に欠ける。説明不足の最たる点である。また、マスコミがそういった点を取り上げないのも、取材不足であろう。

歴史的に見ても軍拡競争は国民の経済的負担を増加させ、かえって危機を拡大することになる。また、いまだに中国や韓国と友好的な方向に外交を展開できないような外交力の欠如した現政権に、開戦はともかく終戦や停戦の交渉は荷が重すぎる。その力量を持たないと判断できる以上、「戦争をしたくない、させたくない」という感情的な部分にもまして、現実的な判断として「解釈改憲」を許してはならないと思う。

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