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2014年10月31日 (金)

大魔神怒る

大映特撮の大魔神シリーズの2作目、「大魔神怒る」を見た。「大魔神」「大魔神逆襲」は以前見た記憶はあるが、この「大魔神怒る」は記憶がない。大学時代はレポートの参考文献を借りに来た友人にすべてカバーをかけていた本棚の何段目の何冊目のどの本の何ページごろに書いてある…とまで言えた記憶力も今は昔のこと、1年に1曲くらいしか新しい歌が覚えられない今の記憶力を考えれば、もしかすると見たことがあるのかも知れないのだが、とにかく覚えがない。その意味では、楽しみながら見ることが出来た。
さて、大魔神シリーズは、だいたい、穏やかで優しい領主の治める領地を悪逆非道な連中が奪い、領民たちに悪政を布いて苦しめるが、やがて傲りから神をも恐れぬふるまいをして怒りを買い、最後は大魔神の手で殺され、人々は救われる…というパターンで終わる。大魔神が葵の印籠に変われば、「水戸黄門」とよく似たストリー展開であり、非道の悪人どもが手ひどいしっぺ返しをくらって滅びていく様は爽快感もあり、安心して見ていられる。ある意味では、この「大魔神怒る」が、その1作目の「大魔神」や3作目の「大魔神逆襲」よりもその傾向がもっとも明確に出ている作品かも知れない。
平和な八雲の湖の両岸にある千草と名越の支配する領国は平和で、圧政から逃れてきた農民たちを千草の領主は税を免除して悔恨に当たらせている。その恩義に少しでも報いたいと、開墾地の人々は米を出し合って「納めさせてくれ」と懇願する。現代の北欧の選挙でも、増税を掲げて社会保障の再編を公約した党が選挙に勝利をして政権を取った例があるが、増税とは本来、そうした形で行うべきものだろう。
侵略者・御子柴弾正は、圧政を重ね、最後には人々の信仰する神の像を火薬で破壊してしまう。が、そうした行為が神の怒りに触れ、大波と強風によってからみついた縄で張付けられたように身動きが取れなくなって、雷と炎の中で絶命する。悪は滅びるのである。
さて、嘘とゴマカシで、どこかの国のインチキ政権が、増税や危険な原発の再稼働、米軍基地の沖縄集中を継続、福祉の縮小と時代遅れの軍国主義の復活を目論んで暴走している。けれども、今の日本の社会に、悪を滅ぼす大魔神はいない。

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