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2015年2月28日 (土)

対話と民主主義

民主主義の基本は、何といっても対話だろう。お互いの意見をよく聞き、双方の主張をつきあわせて、最善と考えられる妥協点を探る。もちろん、迅速な対応を迫られる場合もあるため、決定のための多数決はある程度仕方のないことである。けれどもそれは、少数意見を多数者や権力の主張で圧殺することではない。決定されたことでも、実行の結果として不具合があれば、否決された少数意見を改めて取り上げながら修正し、不具合を少なくしていくというのが正当な民主主義の手続きである。
当然、その過程において、自分の主張と異なる意見であっても、謙虚に耳を傾ける姿勢は不可欠である。反対意見であっても、耳を貸すに足るアイディアや視点が含まれていることは少なくない。時間的・財政的な制約は存在するのは仕方がないが、為政者が自分の意見に固執し、他者の意見を圧殺して対話を拒否すれば、民主政治ではなく独裁政治となってテロを呼び込むことになる。「話しても無駄」とマイノリティーが納得してしまえば、議会など無視して行動するしかなくなってしまうからである。
最近の某自民党政権の行動は、「自由」「民主」という党名に自ら唾するものとなっている。沖縄県知事に会おうとせず、沖縄関連予算を露骨に削減する、あるいは国会で野党議員の発言に党首である首相自らが事実無根のヤジを飛ばす。これは、民主国家の首相自らが「話せばわかる」ではなく「問答無用」と、その行動で示していることに等しい。
2.26事件の際、犬養首相は「話せばわかる」と言ったが、テロを行った軍人たちは「問答無用」と言って首相を殺害したという話が世に伝わっている。つまり、「問答無用」はテロリストの態度と同じなのである。だから、「テロとの戦い」を遂行するに当たっては、まず、首相自らが、テロリストと同じ態度を根本的に改める必要がある。それをしなければ、首相の言動が、日本にテロを呼び込むことになりかねない。先進国であり民主国家であることの誇りが日本にある以上、絶対に、対話の道を閉ざすことがあってはならない。

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