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2016年5月31日 (火)

伊勢志摩サミットは終わったが

月末の伊勢志摩サミットは、テロなどの事件や大きな事故もなく無事に閉幕した。地元住民としては、検問と警察車両の増加による多少の不便はあったが、大過なく過ぎ、また伊勢志摩の名前も世界規模で発信できたことは良かったと思う。
 
ただ、不安定化する世界におけるサミットの役割や日本の役割を考えた時、日本の首相の言動は役不足、能力不足の感は否めない。不安定化する世界の分析をある程度してみれば、その大きな要因は、新自由主義による格差の拡大とそれによる不平等や対立の問題が大きい。新自由主義の失敗は、もはや多くの人々の認識になりつつあると言えよう。したがって、経済的にも政治的にも、格差の是正が大きな問題となってくる。当然、アベノミクスは失敗という認識となり、さらなる金融緩和など、タックス・ヘイブンの問題とも関わって、自国はもちろん他国に対して働き掛けること自体が、経済オンチを世界中に喧伝しているに等しい。それを、わが安倍総理はやってのけたのだから、これはもう図らずも自分自身の無能と恥を世界中の知性に晒してしまったも同然である。本人の評価だけなら、不勉強と努力不足の自己責任を取ってもらえば済むことだが、彼が日本国首相であることから、それは同時に日本の恥を世界に晒してしまったことにもなる。日本国民として、まことに恥ずかしい限りである。

地元の新聞は多少なりともそうした点に触れていたようだが、いかんせん大マスコミは、どうもそうした政権批判が見えてこない。それも大きな課題と言えよう。困った話である。

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