« 理解すること…「星野、目をつぶって。」を読みながら | トップページ | 港 »

2017年5月31日 (水)

許せない《卑怯》

加計学園問題に関わって、前文部科学省の次官からの政府による圧力があったという発言が波紋を広げている。実名による勇気ある公表に対し、政権のとった対応は、問題に対する丁寧な反論ではなく、証拠の隠蔽、ごまかし、公表者に対する人格攻撃であった。今までの政権の言動からすれば予想できる範囲ではあるが、これほどまでに卑怯な対応は、逆に安倍首相を中心とする政権の不正を示す状況証拠としか見えない。これがまかり通るのであれば、日本は北朝鮮を笑えない反民主独裁国家に成り下がってしまったと言うしかないだろう。

また、国連の人権高等弁務官事務所の特別報告官に対する対応についても、怒りを通り越して呆れてしまうばかりでなく、日本外交の未来に深刻な懸念と不安を生じさせるものだった。戦前、日本が国際連盟を脱退した時、当時の松岡外相が国際情勢に対する理解の不十分さがその言動から察せられるが、安倍政権はケイ氏の批判に対して論理的に証拠を立てて反論するのではなく、感情的にシャットアウトしようとしている。そればかりか、御用マスコミを使って、国内にはケイ氏の個人的な意見に過ぎない…と矮小化しようとさえしている。しかし、この対応は、日本の政府が人権を抑圧しそれを隠蔽しようとする非民主国家になろうとしている…と対外的にアピールするに等しく、外交上、日本に対する信頼を低下させる危険性が極めて大きい。そんな事すら理解できない政権なのだから、戦前の国際連盟脱退の頃以上に外交力の低下が懸念される。そして、日露戦争時とは違い、仲裁してくれる国を外交的に作れなかったことが、国土が焦土と化すまで戦争を終えられなかった理由であり、この政権に任せていたら安易に戦争をはじめても戦争を終える手立てを見いだせないまま消耗して国を破滅させる危険があることが理解できる。

最大の問題は、首相と政権に議論や対話の能力が欠如している事だろう。一言で言えば、他者の言葉に真摯に耳を傾けることができないのだ。だから、正当な理由のある批判であっても、自分たちへの攻撃と勘違いして自説を曲げず(無能であるがゆえに、修正が自分の無能さを証明すると怖がり、虚勢を張っているのかもしれないが…)、あらゆる手段を使って相手を攻撃する。結果としてそれは、好意的に助言をしようとするだけだった人を敵に回すことになるのだが。そして、そのあらゆる手段の中に《卑怯》な手段がたくさん含まれているのである。

もはや、日本の未来のために許容できる範囲を超えた《卑怯》に、ニセ右翼売国政権である。

|

« 理解すること…「星野、目をつぶって。」を読みながら | トップページ | 港 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/70723955

この記事へのトラックバック一覧です: 許せない《卑怯》:

« 理解すること…「星野、目をつぶって。」を読みながら | トップページ | 港 »