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2017年10月16日 (月)

国を守るって?

自画自賛のみで検証や反省の能力に欠けた某首相によると、今回の衆議院解散は国難突破のための解散だとか。主に北朝鮮を念頭に置いての発言だと思うが、この男が首相の座にあって、しかも、野党ばかりでなく、与党もマスコミもその無能と愚かさを批判し切れない、愚かな男を責任ある首相の座から引きずり降ろせないことこそが最大の国難であろう。
 
しかも、その国難はこの男自らが招いたものばかりである。例えば、北朝鮮の核・ミサイル問題にしても発言だけは勇ましいが事態は悪化している。この男は、自分の無能を棚に上げてオバマ前大統領の北朝鮮政策を批判し、強硬姿勢を説き続けているが、その結果として核実験やミサイル発射実験の回数は減ったであろうか。本人と彼の政権は強硬な発言を繰り返して悦に入ってるかもしれないが、現実問題として実験回数は急増している。民主党政権時代と比較しても明らかに増加し、政策としての失敗は明らかである。
 
本当に言葉通りの強硬姿勢を貫くのであれば、実験のミサイルを実際に撃ち落とせば、それこそが何の効果もない高飛車な非難の繰り返しよりもずっとキム政権に対してのリアルな圧力となるだろう。それもせずに勇ましい言葉を繰り返しても何の圧力にもならず、かえってキム政権になめられて相手を図に乗らせる結果となっている。また、「勇ましい発言」は対話や交渉の機会を失わせるため、明らかに拉致問題の解決を遅らせることにもつながっている。
 
かつて、大日本帝国の松岡外相は、国際連盟の場で侵略行為を責められ、勇ましい言葉で国際連盟を脱退した。本人はその時、啖呵を切って爽快だったかもしれないが、重要な外交チャンネルの一つを失わせ、亡国の要因の一つとなった。アホ政権は金と恫喝以外のまともな外交能力が欠け、先の大戦の失敗を繰り返そうとしているように見える。「勇ましい言葉」は【負け犬の遠吠え】か【虎の威を借る狐】の類でしかないだろう。この程度の外交力で、本当に国を守れるだろうか。否である。
 
また、この政権は原子力発電所の再開に前のめりだが、【国防】を考えるなら、とんでもない話である。別に核でなくても通常弾頭で運転中の原発を攻撃すれば事足りる。それは、図らずもフクシマが証明してしまった事実なのだ。そうした軍事的な常識も理解できない政権に本当に【国防】を託せるだろうか。否である。
 
「国難」と言うのであれば、それこそ国難の時期に、この政権にだけは絶対にわが祖国の未来は託せない。いいや、託してはいけない。

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