2017年11月30日 (木)

ミサイルとモリカケ

北朝鮮がまたまたミサイルを発射した。モリカケ問題が国会で論議されている真っただ中、横綱日馬富士の引退と合わせてニュースのトップを奪った状況である。モリカケ問題の追求では、他の案件では考えられない4つもの特例対応や再調査に対しての政権のいい加減で無責任で消極的な逃げの姿勢が明らかになってきたわけだが、ミサイルと横綱引退に話題をさらわれてしまった格好である。
 
だが、本当にそれで良いのだろうか。モリカケは横綱引退や北朝鮮のミサイル発射に比べて後回しにしてもいい問題なのだろうか。日馬富士の引退は相撲界にとっては一大事だが、国民生活に多大の影響を与えるほどの問題とは言えない。また、北朝鮮のミサイル発射も、今回は日本の領土上空を通過したわけでもなく、挑発行為であるということは明白だが、直接的な危機が目前に迫っている状況でもない。逆に、支持率低下危機の安倍政権にとっては、強硬姿勢のポーズ(実は、毎回口先だけの強硬論で、結果としてミサイル発射や核実験といった挑発行動の回数は増加している。)内政の失敗を糊塗して支持率を上げるイメージ戦略のまたとない機会を提供してもらっているとも言える。
 
今回に限らず、こうした《絶妙のタイミング》で挑発行為が行われるケースが安倍政権時には結構多い。そのため、ネット内では、実は安倍政権と北朝鮮の金政権は裏でつながっている……などとする言説も時々見かける。韓国の朴政権の例を見るまでもなく、内政で失敗している政権が外国に【敵】を作り国民の目をそらそうとするのは歴史的に何度も繰り返されている常套手段である。金政権は安倍政権に対して何度も絶妙のタイミングできっかけを提供してくれているのである。
 
ネットの一部に流れる安倍・金結託説が、安倍の性格から考えて必ずしも笑って否定できる訳ではないが、北朝鮮からすれば、負け犬の遠吠えのごとく口先だけの強硬論を繰り返すだけで外交的な力も乏しい安倍が首相を続けることは都合がいい。もし、安倍政権が倒れて彼よりも外交力の優れた人間が政権を取り、ロシアと中国、韓国を巻き込んで、「人道的」支援のシステムを作っていく中で金政権の内政に不満を意識させるような「親切な対応」をとられるような事態になれば、金政権は核戦争ごっこにかまけている余裕などなくなってしまうだろう。そんな外交戦略など思い浮かびもせず、毎度毎度の口先だけの強硬論を唱えるだけの安倍政権は、アメリカや中国に対してギリギリの外交交渉を余儀なくされる北朝鮮にとって実に御しやすい相手と言えるだろう。ならば、その存続に手を貸すような行動をとるメリットは大きい。
 
そうした視点に立てば、マスコミは日馬富士引退など些細なことに大切なトップを明け渡している余裕はない。国益のためにも、モリカケを徹底追及をしてアベノリスクを取り除く努力こそが必要だと思うのだが。

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2017年11月22日 (水)

品格?

横綱の暴力事件で、マスコミがにぎわっている。確かに、相撲界にとっては大問題であり、加害者が横綱ということで、「品格」という言葉が飛び交っても不思議ではない。だが、連日のニュースで大騒ぎをしなければならないほどの大問題なのだろうか。
 
「品格」ということであれば、もっと問われなければならない重大事が今の日本には存在する。モリカケ問題は、首相が同じような言い訳や説明を繰り返すだけで時間が重ねられても、真相解明には至っていない。古来から「李下に冠を正さず」という諺があるが、政治家の「品格」という点からすれば、疑われるような行動を重ねた時点で、首相としての「品格」が問われる大問題である。もっとも、国会内で野党議員の質問中であるにも関わらず、事実無根の内容であるヤジを飛ばすこと時点で、その「品格」はなかったと言うしかない。だが、アベシンゾウなる男は、その辺のオッサンではなく、日本の内閣総理大臣であり、与党の党首である。このような「品格」のない男が首相の職にあること自体、日本の政治、自民党の品格」が問われる大問題だと言えよう。
 
ただ、問題は「品格」のレベルではなく、「汚職の疑い」である。忖度やオトモダチによる証拠隠しがまかり通り、マスコミは総理の「品格」を問題にしないばかりか「横綱の品格」報道に熱中している。まるでそれは、「総理の品格」「総理の汚職」から国民の目をそらす手助けをしているようにすら見える。日本のマスコミの「品格」が問われている。

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2017年10月16日 (月)

国を守るって?

自画自賛のみで検証や反省の能力に欠けた某首相によると、今回の衆議院解散は国難突破のための解散だとか。主に北朝鮮を念頭に置いての発言だと思うが、この男が首相の座にあって、しかも、野党ばかりでなく、与党もマスコミもその無能と愚かさを批判し切れない、愚かな男を責任ある首相の座から引きずり降ろせないことこそが最大の国難であろう。
 
しかも、その国難はこの男自らが招いたものばかりである。例えば、北朝鮮の核・ミサイル問題にしても発言だけは勇ましいが事態は悪化している。この男は、自分の無能を棚に上げてオバマ前大統領の北朝鮮政策を批判し、強硬姿勢を説き続けているが、その結果として核実験やミサイル発射実験の回数は減ったであろうか。本人と彼の政権は強硬な発言を繰り返して悦に入ってるかもしれないが、現実問題として実験回数は急増している。民主党政権時代と比較しても明らかに増加し、政策としての失敗は明らかである。
 
本当に言葉通りの強硬姿勢を貫くのであれば、実験のミサイルを実際に撃ち落とせば、それこそが何の効果もない高飛車な非難の繰り返しよりもずっとキム政権に対してのリアルな圧力となるだろう。それもせずに勇ましい言葉を繰り返しても何の圧力にもならず、かえってキム政権になめられて相手を図に乗らせる結果となっている。また、「勇ましい発言」は対話や交渉の機会を失わせるため、明らかに拉致問題の解決を遅らせることにもつながっている。
 
かつて、大日本帝国の松岡外相は、国際連盟の場で侵略行為を責められ、勇ましい言葉で国際連盟を脱退した。本人はその時、啖呵を切って爽快だったかもしれないが、重要な外交チャンネルの一つを失わせ、亡国の要因の一つとなった。アホ政権は金と恫喝以外のまともな外交能力が欠け、先の大戦の失敗を繰り返そうとしているように見える。「勇ましい言葉」は【負け犬の遠吠え】か【虎の威を借る狐】の類でしかないだろう。この程度の外交力で、本当に国を守れるだろうか。否である。
 
また、この政権は原子力発電所の再開に前のめりだが、【国防】を考えるなら、とんでもない話である。別に核でなくても通常弾頭で運転中の原発を攻撃すれば事足りる。それは、図らずもフクシマが証明してしまった事実なのだ。そうした軍事的な常識も理解できない政権に本当に【国防】を託せるだろうか。否である。
 
「国難」と言うのであれば、それこそ国難の時期に、この政権にだけは絶対にわが祖国の未来は託せない。いいや、託してはいけない。

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2017年9月25日 (月)

醜悪な自画自賛

夕方、何となくTVを眺めていたら、醜悪な顔が画面に映り、自画自賛の言い訳を繰り返しながら、衆議院の解散を宣言した。内閣改造を行ってから、一度も国会審議をしないで、衆議院を解散し、「仕事人」内閣はまともな仕事すらしないでその使命を終えるようだ。憲法構造から考える法理論からすれば、本来、内閣不信任の可決に対抗しての衆議院の解散…ということであって、首相が天皇の国事行為に対する助言と承認を理由にして勝手に衆議院を解散するのは、三権分立の趣旨に照らして考えても限りなく【違憲】に近いのではないかと推察される。ましてや、野党の国会審議の要求を無視して、「モリとカケ」疑惑に対する「丁寧な説明」をすっ飛ばしてのことである。 
 
また、さんざん煽り続けた北朝鮮の核ミサイルの危機の真っただ中、選挙という形で政治的空白を作ること自体、日ごろ「安全保障」を熱心に口にする首相として、はなはだしい言行不一致である。まあ、恫喝と金以外の説得や対話の方法を知らない、無能な植民地提督…首相の能力にはあまりにもふさわしいと言えそうだが。実際、勇ましいことを口にするだけで、北朝鮮問題を悪化させているだけの男に、この際、政治や外交の場から退席してもらうのには良い機会なのかもしれないが。
 
現実を見ようとしない加害者は忘れ、ごまかそうとするが、被害者は忘れない。人材の育成が滞り、教育の機会が不平等になり、若者が非正規労働や低収入にあえぐまで教育予算を削り続けたのは誰だったのか。介護報酬を削って、福祉の現場の人手不足と荒廃を招いたのは誰だったのか。私は忘れない。被害者である国民は、決して忘れてはいけない。とりあえず、来月は選挙である。

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2017年5月31日 (水)

許せない《卑怯》

加計学園問題に関わって、前文部科学省の次官からの政府による圧力があったという発言が波紋を広げている。実名による勇気ある公表に対し、政権のとった対応は、問題に対する丁寧な反論ではなく、証拠の隠蔽、ごまかし、公表者に対する人格攻撃であった。今までの政権の言動からすれば予想できる範囲ではあるが、これほどまでに卑怯な対応は、逆に安倍首相を中心とする政権の不正を示す状況証拠としか見えない。これがまかり通るのであれば、日本は北朝鮮を笑えない反民主独裁国家に成り下がってしまったと言うしかないだろう。

また、国連の人権高等弁務官事務所の特別報告官に対する対応についても、怒りを通り越して呆れてしまうばかりでなく、日本外交の未来に深刻な懸念と不安を生じさせるものだった。戦前、日本が国際連盟を脱退した時、当時の松岡外相が国際情勢に対する理解の不十分さがその言動から察せられるが、安倍政権はケイ氏の批判に対して論理的に証拠を立てて反論するのではなく、感情的にシャットアウトしようとしている。そればかりか、御用マスコミを使って、国内にはケイ氏の個人的な意見に過ぎない…と矮小化しようとさえしている。しかし、この対応は、日本の政府が人権を抑圧しそれを隠蔽しようとする非民主国家になろうとしている…と対外的にアピールするに等しく、外交上、日本に対する信頼を低下させる危険性が極めて大きい。そんな事すら理解できない政権なのだから、戦前の国際連盟脱退の頃以上に外交力の低下が懸念される。そして、日露戦争時とは違い、仲裁してくれる国を外交的に作れなかったことが、国土が焦土と化すまで戦争を終えられなかった理由であり、この政権に任せていたら安易に戦争をはじめても戦争を終える手立てを見いだせないまま消耗して国を破滅させる危険があることが理解できる。

最大の問題は、首相と政権に議論や対話の能力が欠如している事だろう。一言で言えば、他者の言葉に真摯に耳を傾けることができないのだ。だから、正当な理由のある批判であっても、自分たちへの攻撃と勘違いして自説を曲げず(無能であるがゆえに、修正が自分の無能さを証明すると怖がり、虚勢を張っているのかもしれないが…)、あらゆる手段を使って相手を攻撃する。結果としてそれは、好意的に助言をしようとするだけだった人を敵に回すことになるのだが。そして、そのあらゆる手段の中に《卑怯》な手段がたくさん含まれているのである。

もはや、日本の未来のために許容できる範囲を超えた《卑怯》に、ニセ右翼売国政権である。

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2017年3月31日 (金)

ソノウソホント?

森友の証人喚問は、首相周辺の疑惑を深めただけで、まだまだ真実は闇の中である。経過を見る限りにおいて、私人である籠池理事長の側に偽証をしている印象はない。政府与党に本気で真実を追求する意思があるのなら、次は手始めに首相夫人、そして大阪府知事やかかわった公務員の証人喚問が必要だというのが、第三者の見るほぼ一致した見解ではないかと思われる。
 
にもかかわらず、首相をはじめとする政府与党は、籠池喚問のみで幕引きをして、理事長に偽証罪での告発を試みている気配である。客観的には、首相の方に限りなくクロに近い灰色の疑惑がその行動によって推察される動きであり、本人が自分の言葉に責任をもつつもりならば、彼が首相及び国会議員を辞める日は近いと思われる。が、「息をするようにウソを言う」アベシンゾウである。当然、嘘とごまかしで何とかこの危機を乗り越えたいところだろう。
だが、それを許せば、日本は韓国や中国、北朝鮮を笑えない三流の独裁国家に堕落したことを世界に公言するようなものである。NHKをはじめ大手のマスコミには、その存在意義が問われている。権力にしっぽを振り続け、戦争の反省を忘れて、戦前・船中の大本営発表を垂れ流しにした愚挙を繰り返すのかどうかの瀬戸際である。
マスコミの腐敗を考えれば、楽観視はできないが、ウソをホントにしてしまってはいけない。首相と政府与党およびマスコミのこれからの動きを注視していきたい。

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2017年2月27日 (月)

フェア・トレードと自由貿易

フェア・トレードという言葉は少し前から時々聞いていた。生産者が普通の生活をしていけるような適正な価格での貿易……というような意味合いで使われている。逆に言えば、「自由貿易」の名の下に、生産者の生活が苦しいままの貿易が行われていた、とも言える。そうした意味でフェア・トレードを理解するならば、フェア・トレードと自由貿易体制は必ずしも両立しない。トランプ大統領との初会談の後のマスコミの取材において、どこかの国のア〇首相は平気で自由貿易とフェアな貿易ということを並べてアホ面をさらしていたが、どう贔屓目に見てもその辺りのことを全く理解できていないという表情だった。
 
一方のトランプ大統領だが、批判の嵐が吹き荒れる中、着実にアメリカ国民の雇用の増加が、一定の数として様々な企業から次々と出てきている。今後の動きに注意する必要はあるが、少なくとも今のところ自国労働者の雇用の増加とフェア・トレードとの間に根本的な矛盾は感じられない。そのことはTPPからの撤退との間の政策矛盾もない。日本のマスゴミはほとんど触れないが、注目しておきたいポイントと言えよう。
 
貿易において、自国が最も得するのは自分が保護貿易をしながら他国には自由貿易による門戸の開放を主張することであった。そして、多国籍企業の数もごく少なかった時代においては、そうした形での貿易の増大は国民の豊かさにつながっていた。けれども、現代のように多国籍企業が増加しまた企業自身も巨大化していく時代においては、自由貿易は多国籍企業にとっての利益にはつながっても、それが必ずしもその企業が生まれた国の国民の利益には直結しなくなっている。その事を踏まえた上で、自由貿易については丁寧に吟味する必要がある。
 
アホノミクスの主張において「企業が最も活動しやすい国」という言葉があった。フェア・トレードの生まれた歴史が示すように、「企業にとって都合のいい国」が必ずしも国民の福利の向上につながらないことをしっかり認識しておく必要がある。

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2017年2月 1日 (水)

分断は以前から

トランプ大統領の一部の国の難民やイスラム教徒を名指しするかのような入国拒否の大統領令が大きな波紋を広げている。多くの人々が指摘するように、それは中東の人々やイスラムについての差別であり、社会の分断につながる…との指摘は、特に反論する気はない。だが、日本の報道を見ていると、どこかしら違和感がある。それは、今までは《分断》がなかったかのように聞こえるからである。
 
なぜ、トランプ大統領がこのような大統領令を出したか、と言えば、選挙での公約が絡んでいるし、その公約ゆえに彼を支持した多くのアメリカ国民の存在があったからだろう。ではなぜ彼らはそれを支持したのか。それは、経済格差による《分断》によって、彼らが相当なまでに痛めつけられていたからである。
 
経済格差も、大きな分断を生む。その分断が世界中でのテロを呼び起こしているのである。とするならば、分断の解消のためには、経済格差の問題に取り組む必要がある。それは生半可なことではないが、その事実に目を背けていては、分断は拡大し、更なる人権侵害や暴力、テロを生むだろう。これは、アメリカだけの問題ではない。ヨーロッパも日本も、世界のあらゆる国々が取り組まなければならない緊急の問題なのである。

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2016年12月28日 (水)

平和への誓い

首相が真珠湾での慰霊から帰国した。真珠湾攻撃の犠牲者に思いをはせ祈るとともに平和への誓いを新たにする……というのは良いことだと思う。ただ、真珠湾攻撃の犠牲者の多くは戦闘員(軍人とその関係者)であり、平和への道を開くのであれば、非戦闘員…つまり一般の人々に対する犠牲について、より謙虚な言動が望まれる。いわゆるアジア諸国における民間人の犠牲者である。
 
例えば、日本はアメリカ軍による空襲や原爆投下、沖縄地上戦によって、多大の民間人の犠牲者を出している。だから、国民はヒロシマ、ナガサキ、沖縄、や東京や名古屋などへの大空襲を忘れていない。被害者・犠牲者は忘れないのである。そして、非戦闘員に対する無差別攻撃は、決して忘れてはならないと思う。
 
だが、日本の歴代の為政者や政治家の少なからぬ人々が、日本軍による加害責任を軽視したり矮小化したりする言動を取ることが度重なっていた。特に安倍信三のそれは、歴史修正主義として侵略の事実を捻じ曲げようとしているかのように多くの人々の目に写った。そのため、内外から何度となく非難を浴びている。
 
今回の行為が、それに対する反省の上に立ち、本当に平和を志向する出発点であるならば、真摯に歴史的事実に向き合わなければならない。それは、民間の犠牲に対して、真珠湾での言動以上に謝罪と鎮魂の姿を内外に示すことである。
 
例えば、無差別爆撃を言うのなら、日本軍は渡洋爆撃という形で長距離爆撃を南京や重慶に対して行っている。零式艦上戦闘機11型の初陣でもあったため、私はその事実を中学生の頃から知っていたが、高校はもちろん中学の社会科でもそれを学習した記憶はない。これはもちろん、民間人が犠牲になることも想定した無差別爆撃である。
 
そうした民間の犠牲に対して、これから首相が謝罪と鎮魂の旅をして回るのであれば、今回の平和への誓いは今までのそれとは異なり、口先だけの言葉ではなく真摯な思いであるかもしれない。だが、真珠湾だけにとどまるならば、それは日本の軍事化を進めるためのアメリカの人々に向けた単なるパフォーマンスに過ぎず、いつものウソとほとんど同じ対外的美辞麗句に過ぎないだろう。そしてそれは、私が見抜くぐらいであるから内外の心ある人々にとっても簡単に見抜けることである。首相がこれから、平和に向けてどのような言動を取るのか注目していきたい。

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2016年12月26日 (月)

依存症ビジネスに甘い国

ギャンブル依存症対策をきちんと作らないままカジノ法案が成立した。ひどい話だが、この国・政権は、依存症ビジネスに激甘で、それによって人々を食い物にするビジネスを野放しにしてきている。その結果、少なくない国民が苦しんでいても、まともな対策も立てようともせず、知らん顔である。その辺りを徹底的に追及できない野党やマスメディアにも困ったものだが、そうした野党やマスメディアの弱さに乗じて暴走する現政権は、犯罪的ですらあるといえよう。
 
臨床心理的に言えば、ギャンブル依存症に限らず、多くの依存症がある。古くは「中毒」などとも言われたアルコール依存症やパチンコ依存症(ギャンブル依存症…の一つではあるが)、タバコ依存症に薬物依存症、新しいところでは携帯電話やスマホの依存症などもある。
 
依存症は病気である。麻薬や覚せい剤使用で逮捕されたり名前が上がったりしている芸能人や有名人は毎年のように出てくるが、犯罪の側面と同時に病の側面がある。ヨーロッパなどでは、その「病」という面により意識を注ぎ、治療のルートに乗せるシステムがある。だが、「犯罪」として摘発するだけで治療のための制度を確立しないまま放置すれば、「犯罪」は減らないだろうし、逆に、それを悪用する「闇経済」を太らせるだけだろう。
 
また、依存症から抜け出すためには、本人の心のケアが大切となる。忙しさや充実感を奪われた生活が心のスキマを広げ、そこに依存症の原因となる「毒」が入り込む。仕事に押しつぶされずに家庭生活や趣味、地域の活動や生きがいに割ける十分な時間とお金があり、親密に関わり心を許せる家族やパートナーや仲間がいる充実した暮らしが多くの人に保障されていれば、依存症のリスクは小さくなるし、立ち直りも早くなる。そして、そうした社会であれば、生産性も独創性ももっともっと出てくることだろう。
 

言わば、現政権の推し進めることと正反対の道が、まさしく依存症対策となり、依存症ビジネスを縮小させ、真っ当な経済を回復する道である。それから目を背け、どこまで国民生活を破壊すれば気が済むのだろうか。


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