2014年3月31日 (月)

最近、カラオケのレパートリーに追加した歌がある。サザンオールスターズの「蛍」である。初めて聞いたのは、映画「永遠の0」を見に行った時。ゼロ戦は小さい頃から大好きだったので、当然、この映画は時間を作って見に行ったのだが、そのエンディングがこの歌だった。
桑田の声はあまり好きな方ではないが、それでも桑田の作るバラードはけっこう好きなものもある。「いとしのエリー」や「TSUNAMI」などがそうだが、この「蛍」も曲としてはきれいなバラードに仕上がっている。そして、歌詞も映画の世界とよくリンクしている。この歌を聴いたり歌ったりしていると映画のいくつかのシーンが浮かんでくる。
家族のもとに帰りたくて、何としても生き延びようしていた零戦の凄腕パイロット宮部が、結局は、エンジンの故障した零戦52型を零戦21型に変えてもらって特攻していくシーンと、「何のため己を断って魂だけが帰り来るの?」のフレーズはイメージ的に重なり、現代の平和な日本は多くの名もない戦死者の犠牲の上に築かれたことを今更ながらに思う。
特に最後の「夢溢る世の中であれと祈り」というフレーズはちばてつやの「紫電改のタカ」のラストシーンとも重なる。郷土の、そして家族の未来を祈りつつ死地に赴いたであろう特攻隊の兵士たち。今の日本はその祈りに応えられるような努力がなされているだろうか。武器輸出の禁止の緩和や憲法の平和主義をなし崩しにして、戦争を再び呼び込もうとするような一部の流れには気を付けたいと思う。

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2013年11月30日 (土)

星が永遠を照らしてる

珍しく市内から出歩かない土曜日となり、時間に余裕があったので、「宇宙戦艦ヤマト2199」第七巻のDVDを見た。デスラー総統との戦い、イスカンダル、そして地球への帰還までを描いた最終巻だが、その中に第一巻のエンディングに使われていた【星が永遠を照らしてる】をBGMに使っているシーンがあった。総監督の出淵裕をはじめ、製作スタッフのヤマトへの愛と熱意が感じられる2199で、基本的なところは忠実にオリジナルの筋を守っているが、もちろん新しいところもある。エンディングの歌もいくつか作られていたが、中でも結城アイラの【星が永遠を照らしてる】を初めて聞いた時はオリジナルの【真っ赤なスカーフ】のイメージをきちんと踏襲しながらも新しいものを加えた良い歌だと思った。
残念ながら、【星が永久を照らしてる】はDVD第一巻だけで使われたものだったが、歌詞が素晴らしかったこともあり、何度も聞いて、カラオケでも歌えるくらいになった。ただ、音域が結構高く、カウンター・テナーでけっこう高い声が出せても、歌うのはなかなか難しい。それでも、愛する人を見送る思いや、無事を祈る気持ちなどが込められた歌詞は、この作品の最後を飾る歌にふさわしい。その歌が最終巻でも聴けたのはなかなかの演出であったと思う。
人は出会い、思いを通わせる。そして、離れ離れになる時間があっても、相手を信じ、未来を信じて祈る。その思いが美しい。それを若々しい高い声で、結城アイラが歌い上げる。ヤマト2199を観ずにこの歌だけを聴いても、どこかひきつけられるものを持つ歌だと思う。
思いがけず、ゆったりとした時間が過ごせたお蔭でゆっくりとDVDを見ることができた。あらためて【星が永遠を照らしてる】を聴いてみようと思う。
 

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2011年9月14日 (水)

「ジュゴンの見える丘」…正しいやさしさを

内閣総理大臣は変わっても、震災の復興はまた道途上である。同じく道途上な問題として沖縄の米軍基地問題がある。ジュゴンのいる美しい辺野古の海。その海を基地移転の計画が踏みにじろうとしている。普天間は危険である。だが、その移転先がなぜ辺野古なのか。なぜ沖縄たらいまわしなのか。その問いに誠実に向き合おうとした鳩山元総理は閣内に反対勢力を抱え、その混乱をマスコミに袋叩きにされ退陣した。マスコミ報道は鳩山退陣が目的だったのか、その後は誠実に沖縄基地問題に取り組もうとしなくなった。基地を沖縄に押付け、原発は過疎化の進む地方に押付けて、中枢・大都市圏・大企業だけがそのうま味を味わう。自民党政権・自公政権が何の反省も無く続けてきたことを、菅政権はなぞってきた。野田新政権はどうだろう。そんな現状の推移を見ていると、絶望という2文字が頭に浮かぶ。けれども、この歌を聞いていると、やれることを誠実にやっていこうという気持ちが再び心に湧いてくる。
 
  
まだ青い空 まだ青い海 終わりを告げるような真白色 泣きたかろうに引き受けた夢 しゃらしゃら珊瑚 声も上げずに もういいよ 目を閉じていい もういいよ 少しおやすみ 悲しみはいらない 優しい歌だけでいい あなたに降りそそぐすべてが 正しいやさしいになれ
 
色とりどりに きらめく世界 継いで剥いで連ね恥さらせ どこへ向かうの泣き疲れても 名も無き花は 咲いてくれよう 目を開けろ 帰ってきたよ 目を覚ませ 信じて欲しい 悲しみはいらない 優しい歌だけでいい あなたに降りそそぐすべてが 正しいやさしいになれ 
 
もういいよ 目を閉じていい もういいよ 少しお休み 笑っていて欲しい 守るべきモノたちに 明日訪れる何かが 正しい優しいであれ
 
悲しみははいらない 優しい歌だけでいい あなたに降りそそぐすべてが 正しい優しいになれ 正しい優しいになれ 正しい優しいであれ
 
 
東電の発表にも、マスコミの報道にも「正しさ」は感じ取れない。けれども、その胡散臭い言動が隠そうとしても隠し切れないで漏れてくるものの中に「正しさ」のかけらは感じられる。その「正しさ」を集めて沖縄の苦しみや被災地の哀しみを包み込めるような「やさしさ」を創り上げていきたいと思う。

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2011年6月29日 (水)

「ねこ曜日」…谷山浩子〈しまうま〉より

先月から外の仕事に出ているが、この地方の梅雨明けの声はまだ聞かないのに毎日暑い日が続いている。当然、摂取する水分量も増加するのだが、それ以上に大量に汗をかくので、体重が数キロ落ちた。それは別に良いのだが、さすがに夜になっても室内の温度は下がらず、クーラーを嫌っている身としてはさすがにグッタリしてきている。そこで久しぶりに谷山浩子の歌を聞いていたら、「何もしない ねころんで まどろむだけ」というフレーズが心に風鈴のように響いた。そこで今夜はちょっとblogを書く気になった。

 

 

ねこ曜日 何もしない ねころんで まどろむだけ あなたのひざ 温かい ほかに 何もいらない にぎやかな表通り  飾りたてたお店より ふたりすごす この部屋が わたしたちの一番

広い広い世界の中に たったひとつだけ さがしあてた 大切な場所 やすらげる場所 ほんとのわたしに 帰れるところ

広い広い世界のどこか どんな人にでも 必ずある 大切な場所 やすらげる場所 たとえ今はまだ 気づかなくても

ねこ曜日 何もしない ねころんで日ざしの中 ややこしい仕事のこと 今は忘れていよう 甘えてね ねこのように 首筋をなでてあげる 静かに夜のとばりが 部屋をつつむ時まで

 

広い広い世界の中に たったひとつだけ さがしあてた 大切な場所 やすらげる場所 ほんとのわたしに 帰れるところ

広い広い世界のどこか どんな人にでも 必ずある 大切な場所 やすらげる場所 たとえ今はまだ 気づかなくても

 

 

大切な相手とゆったりとした時間を、こんな風に過すことができれば、疲れた身体や疲れた心も次第に回復するのではないだろうか。だいたい、近代以降、産業社会で暮らす人々は働き過ぎているのではないだろうか。たまには「ねこ曜日」でも聞いて、ゆったりとした時間の流れの中に身も心も浸していたいものである。

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2011年5月13日 (金)

サマータイム・ブルース…RCsuccession/【カバーズ】より

福島原発の事故は、東京電力や政府の原子力計画のいい加減さと無責任ぶりを白日の下にさらした。だが、東電も政府も、まだまだ隠したがっていたりごまかしたがっていたりする情報はたくさんありそうだし、マスコミの報道も太平洋戦争時の「大本営発表」と大差ない状況である。そうした現実を何度も見せ付けられる中、RCSUCCESSIONのアルバム【カバーズ】の素晴らしさは、一層輝きを増している。

少し前にはこのアルバムの中の【ラヴ・ミー・テンダー】を取り上げたが、原発問題と関わっては【サマータイム・ブルース】も鋭い感性と風刺の視線をうかがえる歌詞となっている。これだけ「都合の悪い真実」を突きつけられていたら、東芝グループの1つである東芝EMIは、とてもアルバムをリリースする度胸はなかったのもうなずける。このアルバムは、結局、キティ・レコードから発売されたが、聞いていて拍手喝采の逸品となった。

 

 

暑い夏がそこまで来てる みんなが海へくり出していく 人気のない所で泳いでいたら 原子力発電所が建っていた さっぱりわかんねえ 何のため? 狭い日本のサマータイム・ブルース

暑い炎が先っちょまで出てる 東海地震もそこまで来てる だけどもまだまだ増えていく 原子力発電所が建っていく さっぱりわかんねえ 誰のため? 狭い日本のサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる あんたもこのごろ抜け毛が多い それでもTVは言っている 「日本の原発は安全です」 さっぱりわかんねえ 根拠がねえ これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金とられ たまのバカンス田舎へ行けば 37個も建っている 原子力発電所がまだ増える 知らねえうちに漏れていた あきれたもんだなサマータイム・ブルース

電力は余ってる 要らねえ もう要らねえ 電力は余っている 要らねえ 欲しくない 原子力は要らねえ 危ねえ 欲しくない 要らねえ 要らねえ 電力は余ってるってよ 要らねえ 危ねえ

 

 

1980年代の終わりに発売されたCDだから原発の数は10以上も少ない歌詞になっているが逆に言えばたかだか20年ほどの間に17も増えたということになる。しかも、きちんとした検証も抜きに……。それが、今回の大災害になった訳である。電力不足だ、計画停電だ、などの話もあるが、それが十分な対策を講じた上での発表だった訳ではなく、原子力発電を維持するために東電や政府が図ったことらしい。というのは、その事実をとある週刊誌がすっぱ抜こうとした前日に、発表の内容が変わったからである。原子力発電推進に疑問を投げ掛けたり警鐘を鳴らしたりした学者が干され、御用学者たちとマスコミが煽った「安全神話」が崩れた今、この歌の輝きは発売した頃以上に増している。それは哀しいことである。だが、この歌をギャグやジョークにできるような日本にしていく責任が生き残った…あるいは生きている私たちにはある。

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2011年4月 3日 (日)

ラヴ・ミー・テンダー ~ The RC Succession カバーズ より

この歌を初めて聞いた時、驚いた。ここまで言ってしまって良いのかと。案の定、原子力発電所の製作に深い関わりを持つ東芝の関連企業である東芝EMIは「すばらしすぎて出せません」などという訳の分からないコメントと共にCDの発売を拒否した。RCサクセションはKITTY RECORDSからこのアルバムを発売した。その経緯から、実は原子力発電所は危険な代物に違いない、と思った。本当に、原子力発電所が安全ならば、この程度の内容はギャグとして笑い飛ばす大らかさを持っていると思われたからである。そして、その思いは23年の時を経た今年の3月の大震災と大津波で現実のものとなった。特に2番の歌詞の冒頭「放射能はいらねぇ 牛乳を飲みてぇ」のフレーズは、胸に突き刺さる。

 

何 言ってんだー ふざけんじゃねぇー 核などいらねぇー 何 言ってんだー よせよ だませやしねぇ 何 言ってんだー やめときな いくら理屈をこねても ほんの少し考えりゃ 俺にもわかるさ

放射能はいらねぇ 牛乳を飲みてぇ 何やってんだー 税金(かね)かえせ  目を覚しな たくみな言葉で 一般庶民を だまそうとしても ほんの少しバレてる その黒い腹 何 やってんだー 偉そうに 世界の真中で OH, MY DARLING, I LOVE YOU 長生きしてえな

LOVE ME TENDER, LOVE ME TRUE, NEVER LET ME GO OH, MY DARLING, I LOVE YOU だまされちゃいけねぇ 

何 やってんだー 偉そうに 世界のど真中で OH, MY DARLING, I LOVE YOU 長生きしてえな

 

日本語の歌詞は忌野清志郎が書いている。20年以上後のこの惨事を鬼籍に入った彼が知っていた筈がない。けれども、牛乳や野菜から放射能が検出され、決死の覚悟で作業を続ける下請けや前線の技術者たちを尻目に、経営陣は安全な場所で謝罪や記者会見をしている。最前線でそれをやらない、無責任さや腹黒さはあまりにも醜い。この歌は、それを予見し、糾弾しているようにも聞こえてくる。

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2011年2月 7日 (月)

横井久美子/私の愛した街~The Town I Love So Well

大学時代にサークルの先輩たちに教えられ、時々ギターを抱えて歌っていた歌、そしてそれはギターの腕が錆び付いた今でも、他の人がしんみり聞いてくれる歌になっている。けれども、それを直接ライブで聴いたのは、大学を出て20年以上も経ってからだった。歌の名は「私の愛した町」原曲はPhill Coultter原訳は平井則之、そして日本語詞はこの歌を歌い続けるフォーク歌手・横井久美子である。伊勢でのライブの際にCDを購入したので今も聞くことができるが、歌そのものはそれ程上手いとは思わない。声の迫力からすれば、交流のあるシャンソン歌手・北岡樹(みき)さんやジャズボーカル・山下みさ子さんなどの方がずっと上である。それでも、この歌には心を惹かれるものがあり、時々聞きもするし歌いもする。

思い出の中にいつまでも 生きつづける私の街 煙くてくさいガス工場(こうば) 笑いころげて遊んだ 雨のなか夕べのみち 走って帰ったものだよ 刑務所のわきを通り 共同井戸のわが家

シャツ工場(こうば)のサイレンが鳴って 女たちを呼びよせる 失業中の男たちが 母親がわりの毎日 景気が悪くて鍋はからっぽ それでもぐちもいわずに だってみんな心の奥では この街を誇っていた

小さなバンドで歌をうたって あの日初めてお金をかせいだ 音楽にあふれたデリーの街 とても忘れられない それをみんな置き去りにして 街を去るなんてつらい だってそこは人生を知り 夫を知った街

今度帰って目をうたぐった 酒場は焼け煙が舞い なつかしいガス工場(こうば)には 兵隊がたむろしていた 鉄条網がはりめぐらされ 戦車と銃剣の街に 軍隊の前にひざまずいた 私が愛した街

今ではもう音楽もない でも街の人は絶望してない 忘れはしないこの出来事を まなざしが語っている 私にできることはひとつ 闘うことだけなのだ 青春を過ごしたデリーの街 私の愛した町

以前にも書いたが、この歌は北アイルランド紛争を背景に作られている。地域の人々の声を丁寧に聞かずに見切り発車した政治権力が軍隊の強権によって人々を押さえつけようとした結果がテロと憎しみを呼び、多くの血が流された。それでも、対話による平和への努力が地道に続けられた結果、現在は、この地域からは以前ほどの頻繁なテロのニュースは聞こえてこなくなった。

それでも、世界各地に目を向ければ、あちこちでテロは頻発している。人々の声、特にマイノリティー/弱者の声にもきちんと耳を傾けている政治が行われていれば、テロはこれほど頻発しないだろう。なぜなら声を上げることで対話が成立し、それが政治や社会の変化につながれば、自らの血を流し多くの人を殺し傷付けてまで、性急に自らの要求を実現しようとする人はそれほど多くないからである。けれども、人々が苦しい生活を強いられ、それに対する声を上げ続けても改善することがなければ、やがて人々は民主的な対話に絶望し、暴力に訴えてでも…と考える人々の割合も増えていく。それを暴力によって押さえつければ憎しみと暴力の連鎖はいつまでも続くだろう。

人々の声に耳を貸そうとしない政治や経済活動は、今、世界中のあちこちで見られる。もちろん、日本でもそうである。それがテロを生む土壌になっていくことに為政者たちや大企業の経営者たちは気付いているのだろうか。

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2010年11月 6日 (土)

風のうた…本田美奈子

本田美奈子が亡くなってもう5年になる。「孤独なハリケーン」「ドラマティック・エスケープ」「HELP」「つばさ」など、彼女の歌の中で好きなものは多いが、今日は朝少し外出をした際に、車で「つばさ」と「風のうた」を聞いていた。「風のうた」はアニメ「ハンター×ハンター」のエンディングに使われていた歌である。その意味では、アルバムに入れるにはちょっと毛色が違うので、ベスト・アルバム的なものにもなかなか入ってはこない。けれども、その母性的な歌詞(作詞 : うえのけいこ)といい、本田美奈子の高く伸びる声の魅力を最大限に生かすメロディーといい、聞いていて、なかなか良い感じの味わいのある歌である。

 

聞いたのね 大地にそよぐ風の声 遠い記憶呼びさます

覚えてる? 青いすみれの最初の香り あなたの命あたためた

雲の流れる先に何があるというの 

森の向こうの未来(あした)を知ってしまったのね

行きなさい さあ 約束の家ふりむかないで

信じなさい さあ あふれる想い強さに変えて

駆けまわる あなたの足音 わたしはひとり風にさがすわ

月あかり 波の彼方に光る影 遠い絆呼んでいる

夕凪の 海に映ったあなたの瞳 遥かな空を見つめてる

荒れる海を知らない川の流れのように

変えることのできない運命があるのね

行きなさい さあ こころで聞いた声のほうへ

信じなさい さあ あなたが選ぶすべてのものを

あの風が抱きしめてくれる 星の祈りが眠れるように

 

少年の旅立ちを見守る母性、その尽きることの無い愛と、残される寂しさ、そして行く手の無事と安全を祈る心が、この歌の中に封じ込められ、それらを本田美奈子が優しく、そして切なく歌い上げている。

実は、何気なくTVをつけた瞬間に初めてこの歌を聞いたとき、本田美奈子が歌っていると走らずに、「ああ、とても良い歌だなあ」と思った。そのアニメーションで、「ハンター×ハンター」のエンディングであることを知り、テロップで本田美奈子の名前を見た時、少なからず驚いたものだった。そして、次の週にはシングルCDを手にしていた。

その本田美奈子が白血病で亡くなって、もう5年になる。死んで尚、私たちの心を癒してくれる歌声に感謝すると共に、彼女のご冥福を祈りたい。  

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2010年10月 7日 (木)

グリーン大佐答えて下さい…森田童子「ラスト・ワルツ」より

過酷な時代を生きている、と思うことがある。社会の状況に希望を見出すことが難しいと感じることがけっこう増えているからだ。自分自身のことを考えても「絶望」するには経験を積み知恵をつけ過ぎたが、だからといってバラ色の夢が根拠もなく描けるほど若くもない。時々怠けることは会っても、日々の努力は積み重ねたいと思っているが、それだけでは限界があることもまた知っている。最後には、自分のために、そして他者のために祈るしかないのかな…ということになる。そういう思考をしていると森田童子の歌が恋しくなることがある。その中でも、今回はアルバム「ラスト・ワルツ」の中の1曲「グリーン大佐答えて下さい」が心に浮かんだ。手放しに「上手」とは言えないが、森田童子の高くて不安を呼び起こす歌声は、絶望の中にすら「祈り」を思いおこさせるように感じられる。

 

私たちは幸せになれるでしょうか 私たちの祈りは届いたでしょうか

グリーン大佐答えて下さい

いまだ見ぬ母の手に 奇跡の海 モーゼ 屠所の羊の群れ

やさしき地平に 帰りて眠れ 悲しき旅人

私たちは幸せになれるでしょうか 私たちの祈りは届いたでしょうか

グリーン大佐答えて下さい

母の背に帰れ 盲目の兵士 青き海を渡れ

いまだ見ぬ母の船に 私たちは伝えよう この悲しい夢を

私たちは幸せになれるでしょうか 私たちの祈りは届いたでしょうか

グリーン大佐答えて下さい

 

人生は旅に例えられることもあれば、戦いに例えられることもある。森田童子がこのアルバムをLPレコードで発表した頃よりもさらに世界は過酷になり、フツウのそして無名の人々が競争に駆り立てられ、戦いに追い立てられて疲れ果てていく。その悪しき構造にメスを入れて白日の下にさらし、それを変えていくための日々の努力は必要だし、それに絶望する気はないが、それでもこのひとときひとときの間に1人また1人と疲れ、倒れ、亡くなってしまう人々が確実に存在する。それに対して私たちの出来ることはほとんどない。せめて祈りを捧げることくらいは…と思う。

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2010年8月15日 (日)

映画「ビルマの竪琴」と〈埴生の宿〉

終戦記念日の前後になると、よく「ビルマの竪琴」を見る。平和への祈りを感じさせてくれる映画だからだ。この物語の前提の1つは、たまたま水島上等兵のいた部隊の隊長が音楽学校の出で、隊員たちが日常的に合唱をしていたことだが、もう1つ、スコットランド民謡が数多く日本の唱歌に取り入れられていたこともある。その2つの前提で、特に映画の様々な場面で重要な役割を果たす歌が〈埴生の宿〉である。

水島の属する部隊が映画の中で歌っていた歌をリストアップすると、〈旅愁〉〈おぼろ月夜〉〈嗚呼玉杯に花うけて〉〈埴生の宿〉〈椰子の実〉〈荒城の月〉〈箱根八里〉…(登場順)である。一方で、日本でもよく歌われたスコットランド民謡と言えば〔埴生の宿〕〔庭の千草〕〔蛍の光〕〔故郷の空〕〔ダニー・ボーイ〕〔グリーンスリーヴス〕〔春の日の花と輝く〕といったあたりだろう。その中で【埴生の宿】は特に望郷の思いを感じさせる歌であるがゆえに隊でもよく歌われたのだろうし、またその歌が聞こえてきたからこそイギリス軍としても話し合いの余地があるということで戦闘が回避されるというストリーの流れになったのだろう。

そして、水島が1人、戦闘回避の説得の任務を果たすべく隊から別れ傷を負って行方不明になったあと、彼が現地の少年に教えた独特の竪琴の奏法が隊長や隊員たちに水島の生存を確信させるにいたったのも【埴生の宿】がきっかけだった。さらに水島が別れの挨拶に代えて「仰げば尊し」を弾く前に、隊のメンバーの合唱に合わせて思わず竪琴をとってしまう場面でも、きっかけになったのは【埴生の宿】だった。

今年は、そんなことを考えながら「ビルマの竪琴」を見ていた。戦後65年。けれども、まだ多くの問題が残されている。それらが、1日も早く解決することを願って、今年も、鎮魂の祈りを捧げたい。

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